大判例

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福岡高等裁判所 昭和31年(く)5号 決定

本籍並びに住居 福岡市○○○○町○組二〇八〇番地(○○少年院在院中)

少年 所沢清(仮名)

昭和十一年九月九日生

抗告人 附添人

主文

原決定を取り消す。

本件を原裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告事由の要旨は

一、本人所沢清は所沢庄平同ソノ間に三男として出生し両親の下に成長したものでありますが、父庄平が病気の為め家業である海上運送業は少年の実兄喜久馬が営んで居りまして、清はその家業に従事していたものであります。然るに実兄喜久馬は当二十六歳で少年清を引廻し保護監督するに不充分の点があつた為めか本件を惹起するに至つたことは少年一家の申訳ないことであり今日においては少年清においても後悔して居るところであります。

二、父庄平の長男にして少年清の異母兄に当る福岡市○○○○町○千○百十○番地Kは本件を知るに至り自ら之が保護の任に当りて善導すべく決意し同市○○上○○町保護司中○○三○に右旨申出で福岡家庭裁判所の審判に当り同人に出頭して貰い調査官の観察に附し適当条件の下に身柄を引渡していただき度く申立方委嘱して居りましたところ同人よりその申立が為されず審判において之が詮議さるることなく実兄喜久馬は保護者として適当でないとして前記のように中等少年院に送致することの審判が為された次第であります。

三、前記のように手違いが起つたのでありますが、若し当方の手違いがなくて異母長兄に当るKの申出でが出来て居りましたならば原裁判所において保護処分に附する必要があるか否か等之が適否には少年法第九条少年審判規則第十一条により審かに調査の上審判が行われたであろうことを信ずるものであります。長兄Kは当三十九歳でありまして石材生産販売業と金属回収業を経営し雇人二十数名を使用して居りまして少年清の保護監督に最も適当な人物であります。同人は同市○○○○町Hの少年保護事件におきましてHの実父の依頼により福岡家庭裁判所の調査官の観察により昭和三十年一月同人の身柄を引受け之が保護の任に当り善導しましたところ、同年六月十六日少年法第二十三条二項によりまして保護処分に附せないとの決定が為されましたような事情であります。Kは他人のことでさえ之を引受けて居る事情があるので異母弟である少年清のことについては是非引受けて之が保護に当り度い、少年清の小学二年生迄(九歳)は兄として同居して居り之迄長男として清が親しんでいた関係がありますので起居を共にし之が保護の任に当ることは最も適任であり効果的であると信ずるのであります。原決定は少年法第二十三条乃至二十五条の審理不尽があり中等少年院に送致する保護処分は全て適切でなく悪風に馴致するおそれがあるので前記のように著しい不当があると信ずる。

というのである。

送付にかかる保護事件記録のみによると原決定は相当と認められる。然し当審における事実取調の結果によると所沢少年には大正八年二月八日生の異母兄Kがあり同人は相当手広く金属回収並に石材生産販売業を営んでおり所沢少年が若し許されたら自宅に引取り同居させてオート三輪車の助手として先づ働かせ将来ともに十分に監督更正させる旨誓つており、このKの供述態度等によつて同人は所沢少年を保護するに足るものがあることが窺われる。然りとすれば一件記録に徴し所沢少年を中等少年院に送致する旨の原決定は結局不当に帰するというの外ない。本件抗告は理由があるから少年法第三十三条第二項によつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)

別紙一(原審の保護処分決定)

昭和三十年少第四四一一・四六四六号

決  定

本籍 福岡市○○町○千○百○十○番地

住居 同市○○○○町○組○千○百○十○番地

海運業手伝 所沢清 昭和十一年九月九日生

右の少年に対する窃盜保護事件について、当裁判所は、審判のうえ次のとおり決定する。

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(少年の非行)

少年は

第一、杉○○喜と共謀の上

(一) 昭和三十年七月二十日頃、福岡市○○○○町○組精米業大穗喜三太方において同人所有の白米一俵(四斗入り)を

(二) 同年十月十六日頃、同市大名町中部教会大野邸辻組工事現場において、同組社員牟田定光管理にかかる建築用丸鋼筋九十五瓩(時価四千円相当)を

(三) 同年同月十七日頃、同所において、同人管理にかかる建築用丸鋼筋百七十五瓩(時価七千五百円相当)を

(四) 同年同月二十三日頃、同市○○○○町三千三百十七番地食糧販売店西島政美方において、同人所有の現金約二千九百円手提金庫他二点を

(五) 同年同月二十四日頃、同市○○○○町二千七百七十一番地竹の山配給所吉村三郎方において、同人所有の加工外米一俵(五十六瓩入り)を

(六) 同年十一月六日頃、同市大名町中部教会大野邸辻組工事現場において、同組社員牟田定光管理にかかる建築工事用丸鋼筋二百五十瓩(時価一万円相当)を

(七) 同年十一月七日頃、同所において、同人管理にかかる建築用丸鋼筋二本(時価四百円相当)を

第二、黄○○、杉○○喜と共謀の上

(一) 昭和三十年九月二十二日頃、福岡市北湊町徳島造船所内小堀寮において、江口義男、繁村昇各所有の短靴各一足を

(二) 同年同月二十三日頃、同市○○○○町三千三百二十一番地菓子小売業松川政吉所有の盆二個、生菓子等菓子類(時価合計千円相当)を

(三) 同年十月一日、同市西公園展望台において、高田広二所有の赤皮製鞄一個雑品九点(時価合計三千八百五十円相当)を

第三、黄○○と共謀の上、同年十二月一日、同市○○○○町二千四百五十四番地食料品店荒巻杉夫方において、同人所有の現金百二十円、手提金庫一個、菓子類時価百八十円相当を

それぞれ窃取したものである。

(適条)刑法第二百三十五条、第六十条

(要保護性)

一、少年は八屯程度の小型発動機船により海運業を営んでいた父庄平の三男として出生し、昭和十八年四月○○小学校に入学した。在学中の学業成績は劣等で、四年生頃から怠学を始め、五年生に進んでからは自宅より小遣銭を無断で持出すようになり五年、六年の両学年を通じて実に百五十一日の欠席をなしていた。

小学校卒業後、○○中学校に進学したが、約二ヶ月余にして通学をやめ長期無断欠席のまま自然退学となつた。次いで長兄喜久馬、次兄止と共に父の営む海運業を手伝うことになつたが、仕事には精を出すものの、外出、不良交友が激しく一時は家族から厳重な折檻をうけた程である。

昭和二十五年頃、父が脳溢血で中風となつたので、長兄喜久馬が父の事業を継ぐと共に事実上弟妹の監護に当るようになつた。昭和三十年二月、父は中風が昂じて歩行困難となつて少年の保護は全く出来ない状態となつた。やがて少年は同年四月頃、本件共犯の黄○○と知り合い同月二十九日右黄、他二名と共謀してレール六本を窃取したのを皮切りに本件非行列記の如く次々と窃盜を働くに至つた。その間、同年七月一日、同年十一月二十四日の二回に亘り、それぞれ当庁において訓戒の上、不開始決定をうけたのであるが、同年十二月一日、又も右黄と共謀して食料品店に侵入の上菓子類等を窃取したものである。

二、ところで少年の最近非行を考察して特に問題とされなければならないのは少年は(一)昭和三十年四月下旬頃より同年十二月頃までの間殆んど継続的に非行を累ねている点(二)右のような短期間に前後二回に亘つて不開始決定をうけているにも拘らず再犯に及んだ点(三)犯行がすべて共犯でなされ且つ少年が常に従属的立場に立つている点等である。

三、そこで次に少年の非行の要因を考えてみると、先ず少年の資質的欠陥が挙げられる。

鑑別の結果によると少年の知能は魯鈍級(IQ五十五)で精神年令約十歳程度、内向的で被影響性が強い人格特徴が認められる。

次に家庭環境の不良である。

少年の家庭は実父母、同胞五名の家族構成であるが、父は前記の如く病床にあり、加えて長姉も不具者である。母親は多弁であるが無能にして保護能力に乏しい。このようなわけで家庭の経済的並に保護的責任は専ら長兄喜久馬が担つている。しかるに保護司中○○三○の供述によると長兄は女遊びや飮酒癖があり、監護者としては不適当であるとの事である。このようなわけで現在家庭内の秩序があまり保たれない上に、経済的にも余り恵まれていない点に問題がある。

更に住宅地附近の環境は不良、犯罪人の多い地域であつて少年のような低格にして被暗示性の強い少年にとつてはかなり不適当である。

以上のような諸種の条件が相俟つて少年の非行性が形成されてきたものと思われる。

四、ところで、少年の処遇についてであるが、少年は現在のところ非行に対する反省に乏しく非行も習性化の傾向にあり且つ地区担当保護司も在宅保護は家族の態度に鑑み困難であろうと供述している。このような諸般の事情を考慮すると、この際少年を施設に収容の上、規律ある生活訓練を施し、知能発達の遅滞を矯正して社会的、道徳的判断力を育成することが適切と思料される。

送致をうけた少年院としては、少年の在院中、保護観察所と密接な連絡を保つて家庭環境の調整、補導に当ることが必要である。

依つて少年法第二十四条第一項第三号、少年審判規則第三十七条第一項を適用して少年を中等少年院に送致することとし、主文のとおり決定する。

(昭和三十一年一月二十三日福岡家庭裁判所、裁判官 糟谷忠男)

別紙二(差し戻し後の原審の保護処分決定)

決  定

本籍 福岡市○○町○○○○番地

住所 同市○○○○○町K方

金属回収業手伝 所沢清 昭和十一年九月九日生

右の者に対する昭和三十一年少第五八八号窃盜保護事件について、当裁判所は審判の結果次の通り決定する。

主文

少年を福岡保護観察所の保護観察に付する。

理由

一、罪となるべき事実

別册少年調査記録中、少年調査票記載の犯罪事項

二、適用法令刑法第二百三十五条第六十条

三、少年の要保護性の改善矯正には、保護観察に付して保護教育する必要が認められる。

従つて保護観察の執行にあたつては、一件記録を熟読してその要保護性の真相を把握したうえ、犯罪者予防更生法第三十四条乃至第三十六条に規定する保護観察に準則して、日常生活における一般及特別遵守事項を遵守するよう指導し、少年の社会生活において本来自助の責任あることを認めてこれを補導援護することによつてその反社会的人間性の改善及更生を図る様に周到適切な観察事務の運営を実施すべきである。

尚、少年の保護観察の解除並びに保護観察中における成績に関する通報(主任保護司よりの月報)を保護司事務処理要綱に基く昭和二十四年八月十六日中委第六十四号通達に則り、三ヶ月毎に一括当職まで提出して貰い度い。

依つて少年法第二十四条第一項第一号、犯罪者予防更生法第三十三条第一項第一号、少年審判規則第三十七条に則り主文の通り決定する。

(昭和三十一年六月十三日福岡家庭裁判所、裁判官 藤巻三郎)

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